[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック


back


↑うえだ監督からのメッセージはこちらからどうぞ







 時は鎌倉末期。

 混乱の世に、幕府の権威は落ち、巷には悪党と呼ばれる輩が現れ、民家や屋敷に押し入っては強奪を繰り広げていた。やがてその悪党たちは群れをなし、各地で大きな力をもつ群集へと変化していった。 

 彼らは誰にも縛られないし、年貢を納めることもなく誰の命令にも従うことはなかった。 次第に彼らは、各地で大きな権力を持ち、たびたび豪族たちとぶつかりあうようになった。

 鎌倉幕府は彼らを抑えようとしたが、縦横無尽に現れ、戦い、消えていく悪党たちは、それまで武士たちが戦ってきた戦場のルールとはまったく違った戦いをした。(たとえば武士たちは勝負の前には「やぁやぁ我こそは…」と名乗ったり、倒した相手の首を一人一人とって持って次に戦ったり、いろいろ戦場の作法があった。)そんな中に武士ではない彼らがゲリラで戦ってくるのだからかなり手を焼いた。

 やがて悪党たちの 活動は、鎌倉幕府が崩れ、室町の時代へと移っていく、大きなきっかけの一つになっていくのだ。




・・・これは当時、洛中洛外を荒らしまわっていた大きな体の盗賊頭で、40人もの家来を持っていた。
   しかし京都の取り締まりをしていた六波羅探題が行く先々で現れ、次第に仲間が捕まっていき、最後には幹部格の鐡仙と二人っきりとなり壊滅してしまう。
   この凶暴で血の気の多い武悪、本名ではない。もともと名前はなかったが、残酷で凶暴な性格からまわりでは武悪という名で呼ぶようになった。その残忍さゆえ「悪」の文字がつく。
   「悪」のつく名で呼ばれるのは、平景清の悪七兵衛、藤原朝長の悪左府、源義平の悪源太など武将ばかりである。武将以外でその名がつくのは珍しい。
・・・という設定。「武悪」とは狂言に出てくるお話で、その名前を拝借した。
   狂言のお面で、いかつい表情だがどこか滑稽な顔をして愛嬌のある「武悪」は、この役者の雰囲気にも似ている。
   やがて人々の心の中で、怖いながらも愛嬌のあるこの顔が、後世の人々に伝わっていく中でああいった狂言のお面と化していったという裏設定のつもり。


・・・都の油小路七条あたりの屋敷に住む女。
   当時、京の都で油小路七条といえばかなり郊外で、五重の塔で有名な東寺の近く。言い伝えでは西側に西寺という寺があったが、京都の西側が寂れてきたために、西寺はほどなくなくなってしまったらしい。
   それほどあのあたりは静かな田舎で、今でこそビルが立ち並ぶ一等地だが、幕末の頃の写真を見ると、茶畑や田んぼが広がる一面の田園風景だった。江戸時代でさえそうなのだから、鎌倉末期のころなどはそうとう田舎だったのだろう。
   近くにはあの有名な羅生門があったが、平安時代末期には修復もされずにボロボロに放置されていたという。
   そんなところに、たまたま通りかかった武悪が、壊れた塀の隙間から見えた屋敷に居た京乃に一目惚れして通いつめる。盗賊の頭が女に腑抜けになっているなどと知られてはいけないから、回りにばれないように、こっそりと女の顔を覗きに行っていた。
   不器用な男は、女を誘拐することでしか愛を表現できなかったのだ。
   京乃とは「京に暮らす女」という意味。京に住んでいて「京の」と呼ばれる女の話が「今昔物語」にあり、そこからいただいた。


・・・武悪の幹部のうちの一人だが、六波羅に寝返り武悪の群盗を壊滅させて、いずれ自分がそのあと京の都で暴れようと企んでいる。
   行く先々で六波羅探題がいるのを、京乃が裏切っているせいだとそそのかし、武悪との間を裂く。
   女がショックで病気にかかり、まるで老婆のようになってしまうと、今度は『陰陽師に聞くと、若い女の血か生まれたての赤ん坊の肝をあたえるのがいい』と唆し、武悪は女を襲って生き血を飲み赤子の肝を食らう、という残酷なうわさを京の都に流した。


監督・脚本うえだかつひこ
撮影:河村真行
 上田勝彦
メイク:高橋ゆきえ
衣装
製作:F.Bシネマ

武悪・・・太田和秀
山伏/佐々木秀久・・・石川秀樹
強力/放免・平中・・・牧野耕治
京乃・・・長野美和
鐡仙 ・・・村上航(猫のホテル

画像をクリックすると拡大して見られます。




予告編ムービーはこちら(QuickTime 4.26MB)
↓クイックタイムをお持ちでない方はこちらからダウンロードしてください。